沖縄県知事選(9月13日投開票)の情報環境を観測するなかで、選挙とは別の経路から沖縄戦に関するナラティブが日本語圏に流れ込む事例を捉えた。2026年8月24日に英語圏のFacebookで現れた「沖縄戦で30人の生徒に自決を拒ませた22歳の教師・森恵子(Keiko Mori)」というナラティブと、AI生成とみられる白黒画像が、9月2日に中国語圏のXアカウントを経由して日本語圏のFacebookに流入し、個人アカウントの1投稿が9月6日時点で839シェアに達している。当社は本件の詳細を第一報として関係機関に提供済みで、本稿はその一部を公開用に再構成したものである。個人アカウントは匿名化し、画像は一部を非公開としている。
このナラティブは、1945年6月の沖縄戦で、22歳の学校教師が30人の生徒に手榴弾での自決を命じられたがこれを拒み、生徒を洞窟に隠して全員を生き延びさせ、1975年に沖縄に像が建てられた、という内容である。当社が確認した最古の投稿は2026年8月24日09:00(日本時間)、英語圏の歴史画像系Facebookグループへの英文投稿で、洞窟の前で白いシャツを掲げる女性と子供たちの白黒画像(図1)が付されていた。
この画像は、TinEyeで0件、Bingの「この画像を含むページ」で該当なしで、8月24日以前にウェブ上に存在した形跡がない。Bingの類似候補には長崎・サイパン・沖縄戦・朝鮮戦争の実在の報道写真が並ぶが、いずれとも一致しない。同じ「Keiko Mori」の名を使った別ナラティブ(長崎の母、二児の母)も8月24日と27日に同系のグループから別画像で投稿されており、これらの画像も同様に過去の出現がない。ナラティブの要素(軍による自決命令、教師の拒否、米兵の慈悲、1975年の像)に対応する史実は確認されていない。9月6日時点で、ファクトチェック機関・報道機関による検証記事も確認されていない。
画像そのものにも、ナラティブと合わない点がある。主画像の右端に不鮮明に写る兵士2名の小銃は、木製の銃床と上部の被筒が銃身の先近くまで続く長い形状で、当時の米軍の主力小銃M1ガーランドに酷似している(推定)。「二児の母」版の画像で女性が握る手榴弾(図3)は、卵形の弾体に金属製のリング型ピンとレバーが付いており、日本軍の当時主流だった九七式手榴弾系(打撃式信管と紐付きの安全ピン)とは形状が著しく異なり、米軍のMk II手榴弾に酷似している(推定)。このナラティブでは日本軍が自決用に渡した手榴弾とされているので、画像はナラティブ自身の前提と一致しない。実在の戦時写真を学習した生成画像が、学習データに多い米軍装備を描き込んだことと整合する(推定)。
8月30日・31日には広告収益型の量産サイト(著者ページの識別子がすべてベトナム語の人名で、表示名は欧米風の筆名)が記事化し、複数のアカウントが動物・天気・ユーモア系など無関係な大規模Facebookグループに同一英文を投稿して記事へ誘導した。英語圏では9月3日に米国の認証済みページが別系統の英文で投稿し、9月4日時点で7,354リアクション・288コメント・1,178シェア。Threadsでは歴史系アカウントの投稿が9月5日時点で1.3万いいね・547共有に達している。以後、アラビア語、ベトナム語、ハウサ語、フランス語、ポーランド語、ギリシャ語、ポルトガル語への転載も確認している。
9月2日14:37(日本時間)、在外華人向けの中国語アカウント(フォロワー14.2万、平素の投稿は中国共産党批判)がXに中国語でナラティブを投稿し、9月6日時点で54.1万表示・683リポスト・5,596いいねに達した。当社が確認した全投稿の中で、表示数ではこれが最大である。中国語圏での転載はいずれも反中共側の言説空間で起きており、中国当局側の関与を示す観測はない。
同日19:41、某野党支持コミュニティの管理者を自称する日本語圏のFacebook個人アカウント(友達約1,200人)が、この中国語投稿をXの自動翻訳で日本語表示したものを、翻訳文のまま転記して投稿した。本文末尾には中国語の「フォローしてください」に当たる誘導文が翻訳されたまま残っている。この投稿が9月6日時点で516リアクション・166コメント・839シェアに達している。投稿者の他の投稿は数シェアにとどまっており、今回の到達はその2桁上である。日本語圏では、それまで最大だったX上の投稿(3,838表示)を大きく超え、最大の拡散点となった。
投稿者は後に本文冒頭へ「この投稿の大元はTwitterです。Xです。どうやら捏造のようなのでお詫びいたします。」と追記したが、投稿は削除されておらず、シェアは続いている。コメント欄には「今の日本も同じです」「シェアします」など、日本軍批判の枠組みでナラティブを受け止め、拡散を促す反応が並んでいる。
日本語圏への流入口はこれ1つではない。同日早朝には、英語圏の歴史逸話系大規模アカウント(フォロワー47万、投稿は削除済み)を元外務省情報部門幹部が「Xでの検索には下記事実は出てきませんでした」と留保を付して引用しており、同日夜に日本語訳を投稿した個人Xアカウント(削除済み)の本文を、翌3日に別のFacebook個人アカウント2件が転記している。その後、X上では「実在が確認できない」とする訂正投稿や、記事化したサイトを「架空のストーリーを載せるサイト」と指摘する投稿、「やはりAI」とする引用(489いいね・4,972表示)も出ており、X上の日本語の引用はいずれも疑義側であった。
8月24日の起点から9月6日までの伝播経路を、英語圏・中国語圏・日本語圏の3つのレーンに分けて図4にまとめた。実線は投稿本文や画面で接続を確認できたもの、破線は内容の一致から推定したものである。個人アカウントは匿名化している。
日本語圏への流入は9月2日の1日のうちに3つの系統で起きた。英語圏の大規模アカウントを元外務省情報部門幹部が留保付きで引用した系統、中国語投稿をFacebookの個人アカウントがXの自動翻訳のまま転記した系統(839シェア)、そして日本語訳を投稿したX個人アカウント(削除済み)をFacebookの個人アカウント2件が転記した系統である。削除された2つの投稿は、引用や転記に残った本文とX投稿IDに含まれる時刻情報から復元した。
起点は英語圏Facebookの商業的なコンテンツファームであり、中国語圏への転載は中国共産党を批判する側のアカウントによるものであった。日本語圏への流入は、その中国語投稿を機械翻訳のまま転記した個人投稿を通じて起き、投稿者自身が捏造と認めた後も、「日本軍が民間人に死を命じた」という枠組みへの共感を推進力に拡散が続いている。発信側(右派的な歴史逸話アカウント、反中共アカウント)と受け手側(反軍・護憲側)の政治的立場は一致せず、本件は特定陣営の計画的な工作というより、素材としてのナラティブが陣営を越えて各自の枠組みに取り込まれた事案とみている(推定)。起点の意図とは独立に、日本国内の歴史認識の争点に着地した状態である。
知事選との接点は現時点で限定的である。日本語の引用のうち1件が沖縄県知事選の候補者支持と落選運動のハッシュタグを付して投稿されており、選挙の文脈に接続する動きは確認できるが、候補者陣営や選挙運動側による利用は観測していない。複数のプラットフォームで言語圏・共同体をまたぐ有機的な拡散が起き、報道機関には達していない段階で、影響工作の到達段階を測るBreakout Scale(Nimmo、2020年)ではカテゴリー3に相当する(推定)。
当社は、9月13日(沖縄県知事選挙の投開票)、9月18日(柳条湖事件の記念日)、10月1日(国慶節)の重要日程を基準に10月8日まで日次で観測を続け、この期間にこの画像・ナラティブが別の政治文脈で再利用されるかどうかを見届ける。必要があれば10月中旬に設定期間の取りまとめを公開する。
この画像とナラティブを目にした場合、逆画像検索で8月24日以前の出現がないこと、像の存在を含めて史実の裏付けがないこと、画像に写る武器がナラティブの前提と合わないことを踏まえ、真偽が確認されるまで共有を控えることを勧める。本稿の内容は当社が投稿画面を直接確認した事実に基づき、推定にあたる箇所はその旨を明記している。